cindy

シンディ・バーゲット

 私が13才の時、テネシー州に引越しました。ある日、妹と庭で遊んでいたら、近くの教会の方が私を見て、教会に誘って下さ いました。早速、次の日その方が迎えに来て下さり、一緒に教会に行きました。教会の皆様に暖かく歓迎され、嬉しかったです。一ヶ月後、礼拝の招きの時「死 んだら、天国に行きたい?」とある方に聞かれ、私は「はい」と返事しましたので、前に行くように言われ、前に行き入信のカードに名前を記入しました。しか し、その時、まだ救いについて良く分かってはいなく、まだキリストを救い主として信じるに至りませんでした。

 それからしばらく立ち、青年会の集いに出席していた時、青年の方々が自分達がどのように救われた(キリストを信じること)のかについて証をしていまし た。カードに名前を記入するだけでは天国に行けないことに気付きました。それぞれの証は違っていても、「1)罪のままでは天国に入れない、2)私たちの罪 のために、キリストが十字架上で死んで下さった、3)神様の御前で自分の罪を認め、その罪の赦しを神様に願い、罪に染まった心を清めて下さるように主に願 う、4)そのようにした人々は罪赦され、清められ、天国に行ける」などが共通していました。

 そのような証の後に説教者は地獄について話しました。先生が「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」(ローマ6章23節)、「いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。」(黙示録21章15節)、「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3章16節)などからキリストによる救いの必要について説教をいたしました。その日(1973年9月15日)、私は自分の罪を認め、神の赦しを願い、キリストを救い主として信じました。

 それからの人生は本当に大きく変わりました。キリストを救い主として信じ受け入れる事が私の生涯で最もすばらしい事でした。それからキリストは私の親しい友として、困難な時も共に歩んで下さいました。神様の恵みによる救いを本当に心から感謝いたします。


次の事を信じますか?

  • 私は罪人です。
  • 神は罪を死で裁きます。
  • 自分の罪を償えません。
  • キリストは十字架で私の罪の裁き(死)を受けて下さいました。
  • キリストの十字架でのお働き以外には、罪の赦しはない。
  • キリストは勝利を得、三日目によみがえられた。

 真の神の御約束を心から信じ、キリストの十字架でのお働きのみを頼みとし、罪の赦しを神にお願いするとき、神は私たちの罪を赦し、永遠のいのちをお与えて下さいます。